「初めてここへ来た時は、思わず深呼吸したくなって、肺が喜んでいるようでした」。そう話すのは、今回ご紹介する西守信二さん(以下、しんさん)。
水がとても美味しく、ペットボトルの水を買う必要はありません。里山で汲んだ水のほうがおいしいですから。ここの水で炊いたご飯もとても美味しいんです。
みなさんは、こんな田舎に住んでみたいと思ったことはありませんか?
今回ご紹介するのは、都会の人が気軽に田舎と交流できる熊本の里山、「里山しあわせの森プロジェクト”アルモンデの森”(以下、アルモンデの森)」です。
この里山で、参加者とワクワク楽しみながら棚田や森を再生。そうして、現在の都会の暮らしとは異なる新しい価値を提供することで、里山に関わる人を増やし、里山の課題(*1)と社会の課題(*2)の両方を解決していく場所になっているのです。
(*1 高齢化、人口減少など)
(*2 食の安全やエネルギー問題など)
「あるもんで」暮らす
しんさんが「アルモンデの森」を始めたのは、2014年に熊本県山鹿市菊鹿町(やまがし・きくかまち)に移住したのがきっかけ。現在まで、里山暮らしをしながら、「自然農」や「森づくり」を実践しています。
「アルモンデの森」では、「地域の里山にある資源(宝)を利用して、あるもの×あるもので(アルモンデ)、ないもの=幸せと豊かさをつくる」ライフスタイルの実践を大事にしているのだそう。関心のある人が、近隣の都会からも集まって、休耕田だった棚田でお米を栽培したり、森の整備を行い、炭をつくったり。その暮らしぶりに関心のある人が自然と集まって活動しています。
活動のキーワードは3つ。
「食べる」
「暮らす」
「つながる」。
「食べる」では、「結熊(ゆうゆう)自然農園」にて自然農を実践してお米や野菜を無農薬、無肥料、不耕起栽培でつくっています。その栽培方法を知りたいと、過去に延べ100人以上の実習生も来たのだとか。実習の中では、森や棚田の里山は、「水を浄化し、気候を調整し、防災機能を発揮して、文化的にも社会的にも価値を提供して都市の暮らしも支えていること」も伝えています。
「暮らす」では、ご自身もふくめ、「半農半X(*3)」を実践中。里山に元からあった炭窯で炭焼きを行い、エネルギーの自給に挑戦しています。また、元エンジニアの経験を活かし、新しい移住者の古民家改修ために水道や電気などのインフラを整えるお手伝いをしたりすることも。
(*3)農のある暮らしを大切にしながら、自分が楽しい・好きだと思えることに従事するライフスタイル。
参照元:幸せ経済研究所 注目の取り組み事例「半農半X」より
森からとれる木々は熱エネルギーとして利用できますが、木材はできるだけ燃やさずに、建築材料などに利用することで炭素固定し、地球温暖化対策に貢献することができます。現在しんさんは、廃材利用の古民家再生に取り組んでいる最中だそう。
そして「つながる」では、カフェやイベントを開催して山の恵み・生活の知恵をシェアしながら、SNSでそれら活動の様子を発信するなど、里山の人とまちの人をつなげることにも力を入れています。
しんさんは言います。
人は多様な暮らし方や価値観をもっていて、さまざまな知識や経験によって各自ができる社会的貢献は多様です。
オーガニック農業をする人や森の神秘を感じる人、半農半Xの生き方を望む人、お金より自由な生き方を優先する人。それをつなげていけば、素晴らしい未来を結び直すことができます。
自分自身の身の回りにあるモノや出来事、価値観が合いそうな人を見つけて、できることから始めてみたらいいのではないでしょうか
「アルモンデの森」に都会から足を運んだ人からは、「田舎で生きる力を取り戻せた」「人と自然のつながりを感じて健康になった」という声を耳にします。実際にしんさんが暮らす里山に移住して、新しい暮らしかたを始めた人もいるのだそうです。
無力さを集落の人とのつながりで乗り越えた
しんさんがこのプロジェクトを始めた背景には、2011年の東日本大震災と原発事故がありました。
お金の有無に関わらず必要なものが手に入らないと、たちまち生活が滞ってしまうような社会の危うさ。そして都市部で簡単に手に入るものを食べて、「果たして体へ害はないのか?」と不安を感じたといいます。その一方、当時1人では何もできないと、自分の無力さを痛感していました。
そこでしんさんは、自分で安心安全なお米がつくれるような場所を探し始めます。ご両親のルーツでもある熊本のとある集落で、水のきれいな棚田と古民家を紹介されて、それまでエンジニアとして勤めていた会社を退職。妻と二人で都市部から田舎へと移住を決めたのです。
最初につながったのは、そこに暮らす人たちでした。7世帯11人の集落の人々と、毎月顔を合わせるようになり、集落の行事に参加し、いろいろな話しをする機会が増えていったことで、炭焼きを教えてもらったりして、お金をさほど使わず暮らせる実感と安心につながりました。
移住当初は集落のみなさんからお裾わけしてもらった食べ物も、畑で自分の手でつくればいいし、山でシイタケもつくれるようになった。エネルギーは、電気のほかに薪も炭もあります。地域に「あるもんで」心豊かに暮らしていました。
こういった暮らしが一変したのが、2020年のコロナ禍です。人との交流が極端に減り、人口減少や高齢化の問題を実感したといいます。もとはきれいな棚田の景色が保てない。毎年行われていた、地元の天神さん祭りも中止されました。
そこでしんさんは、「あるもんで」暮らすことの楽しさやワクワク感を実感してもらおうと、移住当時から始めていた勉強会を根気強く続けました。これらの取り組みにより、「アルモンデの森」に関わりたいと通ってくる人や、森林や棚田のボランティアに参加する人が、年々増えてきているといいます。
課題に対し重く向き合わずに
しんさんの活動をうかがって、「食べる」・「暮らす」・「つながる」に新しい価値を与えて、都市と里山のつながりが生まれていることが感じられました。
私は、身近にあるもので暮らすことができる素晴らしさと、人と人、人と自然の豊かな関係性が、次世代にもつながったら素敵だと思います。
現在、食の安全やエネルギー問題、さらには社会的分断や格差など多くの課題がありますが、しんさんがそういった課題を自分の暮らしや活動を楽しみながら解決していこうという姿勢に、とても魅力を感じました。
ぜひ、あなたも「アルモンデ」を体験して、得られた智慧を次の世代へつなげてみませんか。あなた自身の「アルモンデ」を、日本中のどこでもつくってみてください。
共同執筆: Forest Styleナビゲーター養成講座第4期メンバー
INFORMATION
アルモンデ/結熊自然農園(ゆうゆう自然農園)
「アルモンデ」の日常はFacebook、instagramで発信しています。覗いてみてくださいね。
https://www.facebook.com/yuyusizennou
https://www.instagram.com/arumondeyuyu/
Forest Styleナビゲーター・プロフィール
西守 信二(にしもり しんじ)
森林ボランティア団体 アルモンデの森代表
3.11東日本大震災を契機に脱サラして田舎暮らしへ舵を切る。 現在熊本の里山で自然農、森づくり、古民家再生、カフェを運営しながら、里山のすばらしさをSNSで発信している。