私たちが飲んでいるその水は、どこから来ているか知っていますか?
日々口にしている食べ物も水を使ってつくられていて、そのほとんどは山から来ています。
山に降った雨や雪が、年月をかけて地中を通り、安定した量となって地表に湧き出て流れています。そこから私たちの手元に届くまでには、人の手が加わっています。この記事で紹介する水源では、数千年前から人が手入れをし、水を使えるよう管理し、田畑や水道に届くよう調整してきたのです。周辺に住む人々は、水を与えてくれる水源や山林を長い間とても大事にしてきました。
筆者は水源の近くに代々続く山主の家を生まれとして、最近になってここに移り住みました。家は江戸時代の頃から地域の中で役割を担ってきた家で、飢饉の時などの保険として機能しつつ明治期以降は事業を興しては人に渡し、戦後の農地解放の後に残ったのが家の建物と少しの田んぼと多くの山でした。私は家のことも町のこともほとんど知らずに住み始めて、名寄帳(※)と地籍図(※)で知った所有する山の多さに驚きつつ、水と山林について少しずつ知っていきます。
豪雪地・津南町に湧く「龍ヶ窪」の水
ここ、私の住む新潟県津南町は、長野県との境にあり日本一と言われもする豪雪地です。そんな地域の、家からは歩いて10分ほどの所に「龍ヶ窪」という場所があります。

この池は、40年前に降った雨や雪が森林である山の地中を通り、ろ過されたのち、池の底や側から湧き続ける毎分30トンもの湧水でできています。渇水で周囲の集落の田畑が取水制限になる中でも、名水百選に選ばれる龍ヶ窪の水を引く主に2つの集落は水の利用に困りません。他所から移りこの水で生活していると、水のおいしさと水による豊かさ、冬の凍ることのない水の大事さを実感します。
津南町には湧水の場所が他にも多くある中で、6500年前から周囲に人が住み手入れをし、龍神の伝説とともに今に続いている龍ヶ窪。なぜ龍ヶ窪が「龍ヶ窪」としてあるのだろう。ここに生活して思った1つの問いです。

龍ヶ窪の水で生活してきた集落の人たちは、弁天様に向かい池にかかる幅50センチほどの石橋を渡るにも「池に葉っぱ一枚も落としちゃなんね」と言われて育ったくらい、この場所を大事にすることが身に染みていました。先人や今の年を重ねられている皆さんは、龍ヶ窪とその水を神聖なものとし、大切なものであるとする認識が強かったように思います。
歴史や地理、山の機能や人との関わり、その影響についての先人たちの知見に触れると、自然や集落での営み一つ一つの大事さ、それによって私たちの生活が成り立っていることを思うようになります。そして、山や森林は所有者や地域の人々や町だけのものではないと認識するようになりました。今同じ時間を生きる人、過去と未来に生きる人、みんなの共有財産なのです。

そうした先の10年ほど前、龍ヶ窪の水をコンビニチェーンに売るという話があり、進めたい住民と「水は売るものではない」とする住民とで、集落を二分する事態になりました。また最近では、地元の人々が手入れし守ってきた共有地であるこの場所に、祭石を被う社を個人の方が建て、それに伴う動画が再生数を上げるという出来事も起きています。
自然やそこから受け取るものの利用について、私たちはどのように判断するのでしょう。その個人の方や動画を上げた人の耳目には、歴史や営みや人々の存在があったでしょうか。地域の人を責めることはできません。別の場所で暮らしてきた私はそこに居らず、関心を十分に向けられていなかったのです。
龍ヶ窪の湧水は、その池だけではなく、周囲の山、森、年月、人々の関わりから生まれるものです。それら全体が水源となる、周囲の環境があってこその龍ヶ窪という場所。けれど、時代とともに自然が「使われるだけ」、営みや存在が「気に留められないもの」になっていっているようにも感じます。私たちは、今あるものの元を辿ること、知ろうとし触れるようにいること、受け取っているものを十分に感じることを失ってきているのかもしれません。
上記の「なぜ龍ヶ窪が~」という問いへの答えはまだ途上ですが、水量や環境といった物質的なものだけでなく、6500年の間に人々の持つようになった意思がその存在を神聖なものとし、『池に葉っぱ一枚も落としちゃなんね』という行動規範を生み、それを守り続けてきた精神性があり、それらが一体となってきたからと言えそうです。それでも残る「他でなくなぜここが」には、関わりによってなっていったとしか言えないのかもしれません。龍神伝説は単なる言い伝えではなく、水源を守るための共同体の規律装置。自然と人との関わりの質が、この場所を他の湧水地と異なる『龍ヶ窪』たらしめているように思います。

<山主として思うことと、責任>
大事にされてきた場所でありながら、集落や町の人が減ったことによる影響や、人と人、人と自然との関わりが薄れることによって、地域の人々であっても龍ヶ窪を含む水や山への関心が離れていっているような、そのことは、津南町の町有林や個人所有の山、うちが所有していても実際には入ることも知ることもできていない多くの山林とも重なります。
植林された杉林のほとんどが枝打ちも間伐もされず、育った木も切り出されず、広葉樹林を含む山の効用は十分に生かされていないままです。
それらが私たちみんなの共有の財産、社会的共通資本だったとしても、現在の社会制度の下では、外からのきっかけがない限り、所有者が動かなければ物事が始まりません。山主には山主として山を生かしていく責任があり、その意味や責任を顧みなければ、不利益を被るのは山水の恩恵を受けているわたしたちみんなです。現に広い山林を持ってしまっている町や個人にその力がなくなっていたとしても、縁を生かし、意思を示すことはできるはずです。それと共に私は、十分に生かされなくなっている今だからこその、ここから始められる山の未来に可能性を見ています。

私たちは、実体験や物語を通して、山や森林、水から受け取っているものを既に知っています。何かについて、みんなと再生させていけることも経験しているでしょう。
山を生かしたい人、山に生かされる人、その森林や家があるから救われる人や楽しめる人が全国にいると思っています。
龍ヶ窪がこの先も深い呼吸のできる場所であることや、森の秘密基地づくり、山や木に関わる人の育成、資源循環の事業を営むこと、動物たちと共存する暮らし、家の経てきた歴史に連なる活用といった、関わる人によって変わっていく、ここにある山の多くの可能性をひらく、はじめの一歩になるように書きました。
動物との共生が話題となっていて、まだ記憶や営みを引き継ぐことができる、可能性を見られる今だからこそ、一緒に始めたいと思います。
何か思い起こされるもの、心に湧いてくるようなものがあったら、まずは飲んでいるその水がどこからきているのか、水の来し方に思いを馳せてみませんか?
気持ちや動く力の少しでもある人は、山や森林を体験しに、それに関わる人と話をしに、ここを訪ねてみませんか。
ここから始まる動きに、レッツ関わりっ。
(※)名寄帳:居住者(納税義務者)がその自治体内に所有しているすべての土地・家屋(不動産)を一覧できるようにまとめられた、市区町村の税務担当部署が作成する帳簿。固定資産税を課税するための資料として使われているが、所有不動産の確認手段にもなる。
(※)地籍図:一筆ごとの土地についての境界、地番、地目などを記入してある地図。国土調査法に基づいて国土交通省が地方公共団体と協力して作成している。
文章:おとい
Forest Styleナビゲーター・プロフィール

おとい
新潟県中魚沼郡津南町で代々「本家」の役割を担ってきた家の生まれ。長く他の土地や環境で暮らしていたが、生まれの立場を社会的にようやく引き受け、70ヘクタールの山主となる。
あるものが生きる、生かされる、互いが見い出し、見い出される世の中であってほしいと思っている。
屋号は“あそびのあひだ”。
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