木に触れるだけで、その香りや手触りにホッといやされたことはありませんか?
赤ちゃんのおもちゃ。
旅館にあるヒノキの浴槽。
生活の中で木のぬくもりを感じる瞬間があると、大人も子どもも、なんとなくあたたかい気持ちになりますよね。
今回ご紹介するのは、木の加工に取り組んだり、木とふれあいながら森林の間伐や環境問題へ思いをめぐらせるきっかけを生み出している山田恭嗣(やまだ・きょうじ)さん。
山田さんは、カヌーを浮かべる場所がない山梨県都留市でお客さん自身が木製カヌーをつくる「鹿留(ししどめ)カヌー工房」を運営しています。
「森を活かし「遊ぶ」「学ぶ」そして、森と水を守る」ことを会社の使命として、地元を元気にし、きれいな森と水を子どもたちに引き継いでいこうとしているんだそうです。
木製カヌー製作は人と森をつなぐ手段のひとつ
もともとは、東京ディズニーリゾートでキャストとしての現場接客経験を積み、その後はキャストを支える役割を担っていた山田さん。
新型コロナウイルスをきっかけに、2020年秋に会社を早期退職すると、2021年4月にご夫婦で都留市へ完全移住しました。「木製カヌーをお客様自身につくってもらうことは、目的ではなく会社使命を実現するための入口だと考えています。」と山田さん。
鹿留カヌー工房では、カヌーを製作するお客さんは、完成するまでの40日間、実際に都留市へ足を運びます。そこでお客さん自身が、森の中で木と触れ合う体験を重ね、季節の変化を肌で感じることで、自然とのつながりや気持ちよさを認識してもらえるような仕掛けをつくっているのです。宿泊ゲストや地域の子どもたちなど、ここを訪れたひとと一緒に、森のなかを歩きながら森や川の話をし、紙芝居をつかって森を守ることの大切さを伝える取り組みも、仕掛けのひとつです。
「私は、自分の会社を大きくしたいとは考えていません。地域を元気にするには、自分の会社の規模は小さくても良いので、周りの方々に一緒に活躍してもらうことが大事なんです。
だから、周りの人たちにどんどんいろんなお願いごとをして、地域みんなで楽しくしようと考えています。」
と語る山田さん。
実際に、地元の方に、併設しているロッジの清掃などをお願いしています。これから工房周辺でやろうとしている森林整備体験のプログラムも、当初は自分でやろうと思っていましたが、講師を南都留森林組合にお願いし、一緒に行うのが良いのでは。と考えているそうです。
2022年11月、実際に筆者の私は鹿留カヌー工房を訪れました。
スギやヒノキが生い茂る人工林に隣接するキャンプ場の一角にある工房は、ロッジが併設され、暖色系のやわらかい光と薪ストーブの暖かさで心地よい空間。嬉しそうな表情で私たちに工房を案内してくださった山田さんは、まるで少年のようでした。
山田さんの森と水への想い
山田さんが鹿留カヌー工房を始めた背景には、趣味でカヌーキャンプのために訪れた北海道の南富良野町の、とてもきれいな空知川で気持ちよくカヌーに乗った原体験がありました。
そのとき地元の方から「きれいな水があるのは森が深いから」という話を聞き、「森が深い」という表現にとても感銘を受けたのだそうです。この経験をきっかけに、山梨で週末移住をはじめ、「深い森」を守り育てる方法を知りたいと思って、南都留森林組合主催の「森の学校」で森を管理する知識や技術を習得しました。そして、夢の国の早期退職制度を利用して離れて独立し、大好きなカヌーを自分で作れる場所があることを知り、埼玉県の「名栗カヌー工房」に住み込んで技術を学びました。それらの知識や経験、技術を身に付けて鹿留カヌー工房の前身となる「アウトランド鹿留」を始めたのです。
国土のおよそ7割が森林の日本ですが、その4割が人工林です。先人の手によって木が植えられてから木材輸入自由化の影響などで利用される機会が減りました。そのため里山も放置され、森林の間伐が進まず、集中豪雨による土砂災害や、増えすぎた鹿による木の被害も問題となっています。
都留市では市の面積の8割以上が森林であり、国内のほかの地域と同じような状況にあります。 そんな都留市で間伐材をつかったカヌーの製作に取り組む背景には、森林の活用のためだけでなく、その体験を通じて関わった人たちと一緒に深く豊かな森をつくり、きれいな水を育んでいきたいという山田さんの強い想いがあると感じました。
山田さんの話をお聞きして、私が活動する大阪府能勢(のせ)町でも、どのようなアクションを起こせば地域の外から人が来てくれるのか、深く考えていこうという気持ちが高まりました。
木工クラフトで木のぬくもりを体験し、都留の森の中から山田さんといっしょに、より深い森へと思いをはせてみたい方は、一度鹿留カヌー工房を訪れてみませんか?
公益財団法人 大阪みどりのトラスト協会 飯野博道
INFORMATION
鹿留カヌー工房
住所:〒402-0032 山梨県都留市鹿留3064
公式サイト:https://r.goope.jp/canoefactory
営業日・時間:来房時は公式サイトの「お問い合わせ」より要事前連絡
アクセス方法:中央自動車道 富士吉田線「都留インター」より車で16分。「西桂スマートインター」より車で14分。詳しくは公式サイトをご参照ください。
Forest Styleナビゲーター・プロフィール
公益財団法人 大阪みどりのトラスト協会
飯野 博道(いいの ひろみち)
百貨店勤務を経て、2018年から(公財)大阪みどりのトラスト協会に所属。
生まれも育ちも大阪で、地元をこよなく愛し、生産者と消費者、田舎と都市を繋ぐことを目指して、関係人口について学びつつ人の手が入る機会が減った里地里山の活性化に日々取り組んでいます。